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福岡高等裁判所 昭和30年(う)403号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 田口幸生 外一名

検察官 長田栄弘

主文

原判決を破棄する。

被告人田口幸生、同清原重忠を各科料五〇〇円に処する。

もし、右科料を完納することができないときは、いずれも金一〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

理由

検察官の控訴趣意は、検察官提出の控訴趣意書記載のとおりである。

右に対する判断。

原判決が、被告人両名は、昭和二九年一〇月四日大分県東国東郡国東町大字鶴川岩田屋前附近の交通ひんぱんな道路において、二輪自転車に二人乗り(被告人清原を荷台に乗せ被告人田口が運転)をしたものである旨の本件公訴事実につき、右の事実につき、右の事実は証拠によつてこれを認めうるところであるが、道路において二輪自転車に二人以上乗ることを禁止する昭和二三年大分県規則第五号道路交通取締令施行規則(以下規則という。)第七条第五号の規定は、もしその制定の根拠を、昭和二八年政令第二六一号道路交通取締法施行令(以下政令という。)第六八条第一三号に求めるとすれば、その土地における気候風土、又はその土地における交通の状況に応じたもの、たとえば、特に交通ひんぱんな区域又は場所に限定するというような制限を附したものでなく、無制限に一般的な禁止を定めている点において、政令による委任の範囲を逸脱し、地方自治法第一五条第一項、憲法第三一条に違反する無効の規定と解するのほかなく、したがつて、右規則第七条第五号制定の根拠は、これを罰条として起訴状に示されているように政令第六八条第一三号に求むべきではなくして、政令第四一条に求むべきであると解すべきところ、政令第四一条は本件に関する限り自転車の運転者のみを対象とするものであつて、同乗者を対象者とするものとは解し難いのであるから、右規則第七条第五号の規定は、同乗者たる被告人清原に適用しうべき限りでないとし、被告人清原に対し、無罪、被告人田口に対し有罪の言渡をしたものであることは、所論のとおりである。

よつて、まず、前記大分県規則第七条第五号の根拠法令について考究するに、昭和二三年一月一日から施行されて現在に及んでいる昭和二二年法律第一三〇号道路交通取締法(以下法という。)によれば、その第二五条に「道路において交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為で命令で定めるものは、これをしてはならない。」と規定して、道路において交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為を命令で定める場合のあることを明らかにし、同法施行の日から施行された昭和二二年内務省令第四〇号道路交通取締令(以下旧令という。)は、その第五四条に「道路において、左の行為をしてはならない。」とし、道路において交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為として、同条第一号ないし第七号に各種の行為を列挙し、同条第八号に「都道府県知事の定める行為」と定めて、更に細かな具体的な定はこれを都道府県知事に委任していることが明らかである。この旧令第五四条の規定が、法第二五条(同法条は、法施行の当初昭和二三年一月一日から現在まで改正変更されていない。)の規定に基くものであることは、両規定の体裁、内容、他の条文との比較等によつてこれを推知するに難くないところであるのみならず、昭和二四年総理府令第二七号により、旧令第五四条が「法第二五条の規定により、道路においてしてはならない行為は、左の通りとする。」と改正され、同条第一号ないし第一五号に、道路において交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような各種の行為を列挙し、同条第一六号に「都道府県知事の定める行為をすること。」と改正されるに至つている事実に徴して、ますます明白である。以上によつて、前記大分県規則第七条第五号の規定は、法第二五条に基く旧令第五四条第八号(改正旧令では第五四条第一六号に相当)に根拠するものであること、ほとんど疑をさしはさむ余地がないというべきである。

ところで、旧令は、昭和二八年八月三一日総理府令第五四号道路交通取締法施行規則附則第二項により廃止され、前記政令すなわち現行の道路交通取締法施行令が、これに代つて引続き同年九月一日から施行されたのであるが、同政令附則第三項に「この政令施行前旧令の規定により都道府県知事が制定した道路における禁止行為に関する定、自動車及び原動機付自転車以外の諸車の燈火の制限に関する定その他道路の取締に関する定は、それぞれこの政令の相当規定に基いて制定されたものとみなす。」と規定し、同政令第六八条が、「法第二五条に規定する道路において交通の妨害となり、又は交通の危険を生ぜしめるような行為で命令で定めるものは、左の各号に掲げるものとする。」と定め、その第一三号に「前各号に掲げるものの外、その土地における気候風土又は交通の状況に応じ都道府県知事(昭和二九年政令第一八一号による改正後においては公安委員会)が道路における危険又は交通の妨害を防止するため必要と認めて指定した行為をすること。」と規定しているところからみて、規則第七条の根拠であつた前記旧令第五四条第八号(改正旧令同条第一六号)に相当する政令の規定とは、まさに政令第六八条第一三号を指すものであること、まことに明白であつて、規則第七条第五号の規定は、政令附則第三項により、政令第六八条第一三号の規定に基いて制定されたものとみなされたと解するのが至当である。

次に、法第二五条に基く道路において交通の妨害となり、又は交通の危険を生ぜしめるような行為の禁止規定を都道府県知事において制定する場合につき、旧令第五四条第八号(または第一六号)は、「都道府県知事の定める行為」と規定し、政令第六八条第一三号は、「………その土地における気候風土又は交通の状況に応じ都道府県知事(前記改正後においては公安委員会)が道路における危険又は交通の妨害を防止するため必要と認めて指定した行為」と規定し、その表現を異にしていること前述のとおりではあるが、右表現の相違は、原判決が解釈するように、政令が旧令にくらべて委任の範囲を縮少したものと解するのは相当でない。およそ、道路において交通の妨害となり、又は交通の危険を生ぜしめるような行為は、その行為自体の態様においてほとんど無限であり、これが禁止の必要とされる限度の如きも、その土地における気候風土又は交通の状況等外的諸条件に左右される場合が多いところから、都道府県知事において、委任に基き道路における禁止行為を定めるにあたつては、必ずしも全国一律的であることを要しない一方、国民の自由を不必要に制限することがないように、道路交通における秩序と安全の確保に必要であると認められる限度内にとどめられるべきものであることは、ことがらの性質上おのずから明白であつて、その趣旨においては、旧令と政令とにおいて何ら変るところなく、政令第六八条第一三号は、ただこの趣旨を注意的に明確化したのにとどまり、何ら委任の範囲を変更したものではないと解するのが相当である。従つて、前記大分県規則第七条が、「道路においては他の規定によるの外左の行為をしてはいけない」とし、その第五号に「二輪自転車に二人以上乗ること、但し七才以下の者一人を乗せることはこの限りではない」と規定し、一定の制限、たとえば、特に交通ひんぱんな区域又は場所における行為というような制限を設けることなく、広く一般的な禁止を規定していることを理由として、政令第六八条第一三号による委任の範囲を逸脱する違法があるものと解するのは当らない。のみならず、政令附則第三項は、旧令の規定により都道府県知事が制定した道路における禁止行為に関する定は政令の相当規定に基いて制定されたものとみなす旨を規定していることは前述のとおりである。「みなす」とは、法的効力の同一であることを認めるという趣旨である。すなわち、前記大分県規則第七条第五号の規定は、政令の相当規定たる政令第六八条第一三号に基いて制定されたものと同一の法的効力を有するものと認められたのである。右規則第七条第五号の規定が政令の施行によつてその法的効果を否定さるべき理由は全く存しないものといわなければならない。

なお、政令第六八条第一三号中都道府県知事とあるのは、昭和二九年政令第一八一号により同年九月一日以後においては公安委員会と改められ、同政令附則第四項により、従前の政令の規定により都道府県知事が制定している道路における禁止行為に関する定は、改正後の政令の相当規定によつて都道府県公安委員会が改廃の措置をとるまでの間なお効力を有するものとされ、大分県公安委員会においては、昭和二九年一二月二〇日同委員会規則第一一号大分県道路交通取締規則を公布し昭和三〇年一月一日から施行したので、これにより従前の規則第七条第五号の規定は昭和二九年一二月三一日限りその効力を失うに至つたのであるが、右公安委員会規則附則第三項により同規則施行前の行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による旨が定められているのであるから、被告人らの本件所為の処罰に関する限りにおいては、従前の規則第七条第五号の規定はなおその効力を保持するものであることが明かである。そして右規則第七条第五号が、自転車の運転者並びに同乗者の双方を対象とするものであることは、立法の趣旨並びに規定の文理解釈上もとより論をまたないところである。原判決が右規則第七条第五号は自転車の運転者でない方の同乗者に適用がないとし、法第二五条政令第六八条政令第一三号に根拠する有効な規定と解する余地がないとしたことは、法令の解釈を誤つたものであり、原判決に法令適用の誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことの明かな場合にあたることは明白であるというべく、論旨はすべて理由があり、原判決は破棄を免かれない。

よつて、刑訴第三八〇条第三九七条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但書に従い本件について更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、昭和二九年一〇月四日午前一〇時三五分大分県東国東郡国東町大字鶴川岩田屋前附近道路において二輪車に相乗り(被告人清原は同自転車の荷台に乗り、被告人田口において運転進行)したものである。

(証拠の標目)

一、司法巡査釘宮信広作成の交通違反現認報告書

一、検察事務官の面前における被告人両名の各供述調書

一、原審公判における被告人両名の各供述

(法令の適用)

被告人両名につき、それぞれ、

道路交通取締法第二五条、第二九条第一号。

道路交通取締法施行令第六八条第一三号、同令附則第三項。

昭和二三年大分県規則第五号道路交通取締令施行規則第七条第五号。

昭和二九年一二月二〇日大分県公安委員会規則第一一号大分県道路交通取締規則附則第三項。

罰金等臨時措置法第二条第二項。

刑法第一八条。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄 判事 岡林次郎)

検察官の控訴趣旨

原判決は、被告人清原重忠に対し、法令の解釈適用を誤り無罪の言渡をなした違法があり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明かである。

即ち原判決は証拠に基き「被告人等は昭和二十九年十月四日午前十時三十五分頃東国東郡国東町大字鶴川岩田屋前附近の交通ひんぱんな道路において二輪自転車に二人乗り(検察官は被告人清原を荷台に乗せて被告人田口が運転したと釈明した)をしたものである」との公訴事実を認定したのであるから、右認定事実に対しては、道路交通取締法第二五条第二十九条第一号道路交通取締法施行令第六十八条第十三号附則第三項昭和二三年二月二〇日大分県規則第五号(道路交通取締令施行規則)第七条第五号昭和二九年一二月二〇日大分県公安委員会規則第一一号(大分県道路交通取締規則)附則第三項罰金等臨時措置法第二条第二項刑法第一八条を適用し、被告人清原重忠に対し有罪の判決をなすべきであつたにかかわらず、前記大分県規則第七条第五号は、二輪自転車に同乗した者を処罰する規定ではない、かりに、同乗者を処罰する趣旨だとしても、同乗者を処罰する趣旨の規定は、委任の範囲を逸脱し、かつ、憲法にも背反して無効である。となし被告人清原に対し無罪を言渡したのは違法である。

更に、原判決は、被告人田口幸生に対し、同様、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明かである。即ち原判決は「被告人は昭和二九年一〇月四日午前一〇時三五分頃東国東郡国東町大字鶴川岩田屋附近道路において二輪自転車の荷台に相被告人清原重忠を乗車させ運転したものである」と事実を認定したのであるが、右事実に対しては道路交通取締法第二五条第二九条第一号道路交通取締法施行令第六八条第一三号附則第三項昭和二三年二月二〇日大分県規則第五号(道路交通取締令施行規則)第七条第五号昭和二九年一二月二〇日大分県公安委員会規則第一一号(大分県道路交通取締規則)附則第三項罰金等臨時措置法第二条第二項刑法第一八条を適用すべきであつたのにかかわらず「道路交通取締法第二三条第一項第三〇条同法施行令第四一条第七二条第三号昭和二三年大分県規則第五号(道路交通取締令施行規則)第七条第五号昭和二九年大分県公安委員会規則第一一号(大分県道路交通取締規則)附則第三項罰金等臨時措置法第二条第二項刑法第一八条」を適用し、有罪の判決をなしたのは、法令の解釈適用を誤りたるものといわなければならない。左にその理由を詳述すれば、

(1)  道路交通取締法(以下法と略称す)は昭和二三年一月一日から施行されたのであるが、同法第二五条において「道路において交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為で命令で定めるものは、これをしてはならない。」と規定し道路において交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為を命令で制限することを認めたのである。そして右命令に違反する所為を同法第二九条第一号によつて処罰する規定を設けた。また同法の施行と同時に同法の施行令として道路交通取締令(内務省令)(以下省令と略称)が施行され、同令第五四条は「道路において左の行為をしてならない。」と冒記し同条第八号に「都道府県知事の定める行為」と規定した。かように同令は道路における交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為の制限を更に都道府県知事に委任したのである。次に、法の全条文を検討し、更に法第二五条の内容(道路における禁止行為)と省令第五四条の内容(道路における禁止行為)とを比較検討すれば、省令第五四条は法第二五条に基き制定せられたことが極めて明かである。法第二五条省令第五四条第八号の委任によつて大分県知事は昭和二三年二月二〇日道路交通取締令施行規則(大分県規則第五号)(以下規則と略称)を制定し、同規則は同年一月一日に遡つて施行されるに至つた。而して同規則第七条はその冒頭に「道路においては他の規定によるの外左の行為をしてはいけない。」と規定し同条第五号として「二輪自転車に二人以上乗ること但し七才以下の者一人を乗せることは此の限りでない。」と規定したのである。

(2)  よつて、先ず規則第七条第五号は如何なることを禁止しているかを考察するに、その文言から見て、二輪自転車に二人以上乗ることを禁止し、右禁止に違反した場合においては、乗せた者、乗つた者、双方共、処罰する趣旨なることを理解し得るのである。原判決は此の点について、同規則は乗せた者のみを処罰する趣旨であつて単なる同乗者は処罰する趣旨とは認め難いと判示しているが、これは法文の字句に反する許りでなく、期く解せねばならない合理的根拠も発見し得ないところである。更に原判決は同乗者を処罰するのは法の委任命令を逸脱したものであつて無効である許りでなく憲法にも違反すると判示しているので、次に果して二輪自転車に二人以上が乗つた場合に乗せた者及乗つた者双方を処罰する規定を設くることができるかどうかの点につき考察するに、都道府県知事への委任の基礎である省令第五四条第八号は「都道府県知事の定める行為」とのみ規定し他に何等の制限がないのであるから、知事が道路において二輪自転車に二人以上乗車した者がある場合において、乗せた者、同乗した者、双方を処罰する規定を設くることは何等省令第五四条の委任の範囲を逸脱するものではないのである。然らば、斯かる双方処罰の規定が委任命令(省令)の根拠たる法第二五条の趣旨に違反するや否やを考察するに、道路において、二輪自転車に二人以上乗ることは、自転車の行動の自由を困難ならしめ、ひいて交通の状況に応じて敏速適正な行動の自由を奪うものであるから、同法の趣旨たる交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為であることは明かであるので、大分県知事の斯かる禁止規定が法の委任の範囲を逸脱したものとはいえない。従つて斯かる規定が無効でないことは勿論、何等、憲法に違反するものではないのである。然るに原判決が前記の如く誤つた結論に到達した所以は、原判決は諸車の乗車制限は法第二三条第一項に基かなければ制限し得ないものとする誤つた独断に禍されたものであることが明かである。諸車の乗車制限は法第二三条第一項に基き制定し得ることは勿論であつて、同条に基き、省令第三五条第三六条第二項の乗車制限規定が設けられたのであるが、法二三条第一項は原審の解するが如く、諸車の乗車制限は同条のみによつてこれを制限せねばならない趣旨とは、文理上これを認め難い許りでなく、斯く解すべき合理的根拠も存在しない。原審は斯かる誤つた解釈を前提として省令第三五条第三六条第二項の解釈につき詳細論じているが、すでに、その前提が誤である以上これ等の見解に対しては反ぱくの必要を認めない。斯様に諸車の乗車制限は法第二三条によらなければなし得ないものではなく、法第二五条に基いても、いやしくも、同条の立法の目的を達するため必要であるかぎり、諸車の乗車制限をなし得ることは論をまたないのである。以上の次第であるから、法が制定された当初の二輪自転車二人乗に対する適用法条は、法第二五条第二九条第一号省令第五四条第八号規則第七条第五号といわなければならない。

(3)  大分県下における道路における二輪自転車の二人乗に対する適用条文は前記の如くであつたが、省令は昭和二八年八月三一日限り廃止され、道路交通取締法施行令(以下政令と略称)が同年九月一日から施行され、同令第附則三項により「この政令施行前旧令の規定により都道府県知事が制定した道路における禁止行為に関する定、自動車及び原動機付自転車以外の諸車の燈火の制限に関する定その他道路の交通の取締に関する定は、それぞれこの政令の相当規定に基いて定制されたものとみなす。」と規定された。そこで、右附則第三項の適用問題として大分県知事が法第二五条省令第五四条第八号に基き制定した規則第七条第五号は政令の如何なる条文に基いて制定されたものとみなされるべきかを決定せねばならぬわけであるが省令第五四条に相当する規定は政令第六八条であることに両令の比照により、極めて明かである。けだし、政令第六八条の見出に(道路における禁止行為)と掲記し更に同条の条文冒頭に法第二五条に基き制定することが明かにされてある。一方、省令第五四条は、道路における禁止行為を定めたものであり、同条が法第二五条に基き制定されたことは既に説明した通りであるからである。然るに原判決は規則は法の何条に基き更に省令の何条に基き制定されたかを明かにせざる重大欠陥があるばかりでなく、政令附則第三項を適用するに際り、規則は政令第四一条に基き制定されたものとみなさるべきであると論断しているが、前記の理由と政令第四一条は新設規定であつて、省令には、これに相当する規定が無かつたことに徴するも、原審の見解が誤りであることが明かである。

(4)  次に問題となる点は省令第五四条第八号は「都道府県知事の定める行為」とあつたのを、政令第六八条第一三号は「前各号に掲げるものの外、その土地における気候風土又は交通の状況に応じ都道府県知事が道路における危険又は交通の妨害を防止するため必要と認めて指定した行為をすること。」と、規定したことが従来の委任命令の範囲を縮少したものであるかどうかの点である。もし委任命令の範囲を政令が省令の場合よりも縮少したものであるならば、規則はその縮少された範囲内において、その効力を失うに至るからである。此の点につき按ずるに政令の委任の範囲は、省令の委任の範囲と同一なものと解すべきであつて、政令は委任の範囲について省令よりもこれを限縮したものとは認め難いものである。即ち政令第六八条第一三号には「土地における気候風土………」と規定し一見省令第五四条第八号よりも委任の範囲を縮少したものの如く見えるけれども「土地における気候風土………」なる記載は単に立法の指針を示したものというべく、即ち内閣が府県知事に対して政令による行政指導をなしたものに過ぎないものと解するのが相当である。政令の委任事項の内容は「道路における危険又は交通の妨害を防止するため必要と認めて指定する行為」を定める点にあるものといわなければならない。省令第五四条第八号は単に「都道府県知事の定める行為」とのみあつて、何等の制限がない如くであるが、同条が法第二五条に基く委任命令である以上、法第二五条の委任の範囲を逸脱せざる範囲内において道路上における行為を制限し得ることは申すまでもないことであり、法第二五条には「道路において交通の妨害となり又は交通の危険を生ぜしめるような行為」の制限を命令に委任しているのであるから、省令第五四条第八号の条文の内容は政令第六八条第一三号の内容(「………道路における危険又は交通の妨害を防止するため必要と認めて指定した行為をすること」)と全く同一であることが容易に看取し得るところである。又立法技術よりするも、政令第六八条が省令第五四条よりも委任の範囲を限縮したものであるならば、その限縮の範囲内において規則は、その効力を失うに至り取締に支障を生ずることは歴然であるから、もし政令が、斯かる意図の下に制定されたものであるならば、かかる政令を公布してより、その施行までに一定の猶予期間をおき、その間に都道府県知事をして政令に相応するよう規則を改廃させるようにせねばならない道理であるにかかわらず、右政令は昭和二八年八月三一日に公布され翌九月一日より施行されている事実に徴するも、委任の範囲を縮少する意図のなかつたことが極めて明白なりといわねばならない。更に百歩を譲つて政令第六八条は省令第五四条よりも委任の範囲を縮少したものと仮定しても、政令第六八条第一三号は「………土地における交通の状況に応じ……」と規定している。そもそも「土地における交通の状況に応じ」なる概念は極めて弾力性ある概念であり、かつ何が土地の交通の状況に応じ危険又は交通の妨害になるかは一応は知事に、その認定権を与えたものといわなければならない。されば道路上において二輪自転車に二人以上乗車することを禁止することは、左様な乗車自体が、交通の状況に応じ道路における危険又は交通の妨害を防止するため必要と認められる禁止行為といえるのであるから、政令により委任の範囲が縮少されたと仮定しても規則第七条第五号は政令の下においても、なお有効であることは論をまたないところである。然るに原判決は政令第六八条第一三号による委任立法の場合においては、必ず「特に交通ひんぱんな区域又は場所に限定するというような制限つきの規則でなければならないのであつて、その制限をせず一般的にこれを禁止する規定を設けることは本号の委任の範囲を逸脱し地方自治法第一五条第一項の法令に違反しない限りにおいて制定された都道府県規則とはいへない……結局憲法第三一条に違反し同法第九八条により効力を有しないこととなり………」と言つているが、これは同一三号が交通の状況に応じ交通に危険あるか又は交通の妨害を防止するため必要と認められる行為の制限を加え得る場合のあることを忘れた独断であつて、例えば「道路を一列横隊で武行してならない」又は「道路に塵埃を捨て又は汚水を撒いてはならない」というが如き規定は、同号により禁止し得るものであつてかかる禁止規定は何も交通のひんぱんな区域又は場所を限定する必要はないことに徴しても明かである。

(5)  以上の次第であるから、政令施行後規則が昭和二九年一二月三一日限り失効するまでの期間における、道路における二輪自転車に二人以上乗車した場合においては法第二五条第二九条第一号政令第六八条第一三号同令附則第三項規則第七条第五号を適用して、乗者させた者、乗つた者、双方を処罰せねばならないのである。然るに、すでに、記したるが如き理由により、被告人清原に対しては、無罪の言渡をなし、被告人田口に対しては、前記の通り、誤つた法令を適用し、有罪の言渡をなしたのであるが、以上の如き法令の解釈、適用の誤りは、いずれも判決に影響を及ぼすことが明かである。以上の次第であるから原判決は到底破棄を免かれないものというべく、更に相当の裁判をなすべきものと思料する。

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